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さかな捕り ふたつ橋

わたしは生まれてすぐ、小児麻痺にかかり、母の早期発見と必死の治療のお陰で軽く済み
殆ど症状が残らず、左足の成長が少し異常になっただけで、一見わからない…

身勝手なもので、後年その事を母に言われるのが、恩着せがましく感じて
罰当たりなことだが、嫌で嫌で反発ばかりしたことが悔やまれる…



だから、幼い頃は、走ったりするのが苦手で、家で本を読んだりままごとをする方が好きだった。
50mも離れていない、坂上のおさむちゃんも小児麻痺で、わたしよりひどかった。
ポリオ・ワクチンなど無くて、流行ってタノ?かもしれない。

そんなわたしを、ケイサブロー兄さんが肩車したり、さかな捕りに連れて行ってくれた。
其処は<ふたつ橋>と云う所で、田んぼの中に用水のコンクリート橋があり、
側に養魚場の池が幾つか並んでいた。

藻がいっぱい生えて揺らいでいる川の水は、綺麗で藻の中を玉網で掬うと小魚が捕れた。
用水に沿って桜並木があり、幼少のわたしにとって遠い々々冒険の場所だった。
大雨の降ったあとなどに行くと川の水が溢れて、脇の道路で養魚場からあふれた魚が捕れたりした。

その後、田んぼは次々と住宅になり、川は暗渠(あんきょ)して舗装道路の下に埋まってしまった。
其処はいま交通の激しい道路で、昔は随分遠い場所と感じていたのだが、2kmも無かった。
今の道幅から見ても、冒険の場だった川も一跨ぎの小川だったのだろう・・・

今から思うと、浦和周辺のどぶのような用水路のどこでもいろいろの魚が捕れて
<日本一汚い川>と不名誉なレッテルを貼られた芝川など、子供の泳ぎ場だった日も有るのだ。
其の頃のなごりで、浦和周辺には川魚料理屋が沢山ある。

宅地化荒廃で消滅してしまつた<野田の鷺さぎ山>もこうした豊かな自然の中でこそ存在したのだ。
さいたまの行政はこうした事を忘れ、孫々に自然を伝えない・・・

都市化の怖さ、罪悪を知るべきだ!!



 <参考>  鷺山全盛のころの… ◇田中徳太郎氏の写真

天然記念物だった鷺サギのコロニー”野田の鷺山”は、
餌場の水田を失った鷺に致命的で、コロニーは消滅しました。。。


しらさぎ公園内、記念館にあった写真です。
今は、隠れた、市民のための施設です。

◆前浦和市長・中川健吉氏の残した事業です。
減反政策で、見沼田んぼを潰し… 畑に改良、、、
周辺に宅地を造成したことが、
                           鷺山壊滅の引き金になりました。。。

結果的には、自然破壊でした!??




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