吾が父 山崎 務  油彩号 



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95才で亡くなった、父の肖像です

JIJIの父・務は(明治24年11月3日生)95歳で、
昭和61年8月5日に亡くなりました。

此の絵
油彩6号吾が父95は、思い入れが深く、
JIJIの代表作の一枚です。。。

 描いてあげたら、とても喜んで呉れましたが、すぐ居眠り、、、
かなりの時間、モデルを辛抱して、付き合って貰った作品なのです。 
残念な事に、この作品を描いて間もなく亡くなり、
葬儀の遺影として使いました。。。

思い入れが、深かったので、代表作の一枚です
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吾が父  油彩6号 

大学教授で…昔のアメリカ帰り…ハイカラさんでした。



画廊壁面の現物画像



父・務ツトム95

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 マナー講習会 
終戦直後の父の「勇姿?」

   
さあアメリカ流に見習え(雑誌スクラップから)        終戦直後の父の「勇姿?」

        
 コロンビヤ大学在校時の父・1922年    シカゴの料理専門学校で…       


吾がちち
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酒もたばこも飲まない、ガチガチの教育者で…
戦前までは、青山学院
栄養学」の先生でした…
 でも、幼いわたしに「
釣り」を教えて呉れたのも父でした。
 
          

 進駐軍が来た時…アメリカの大学コロンビヤ卆の父は、
呼び出されて、

進駐軍関係の仕事につき…学校を辞め、私たちのため
働いてくれました。  …そのお陰で、
   私達家族は、比較的、食べ物に不自由しないで済みました。   


その代り…歳をとって、一般並の年金も、なく・・・
晩年…大学
駒沢短大に再就職し…
亡くなる少し前まで働き、
あまり、
楽を味わわず 晩年まで教育者で終りました。

父の若い頃の夢は、「ホテル経営」…であったようです・・・
わずかに、きいた父の想い出話に
漁師のアルバイトまでして、苦学したようです・・・

大志を抱いて学んだけれど・・・子供のための、一生でした・・・

わたしの、まがったことの嫌いな性格は、
父から受け継いだようです・・


今の父親達の、
変な「
物分りの良」など微塵も無い…父が好きです!!



昭和51年8月6日歿  享年:94才


 
わたしも今年、83才です。 若かった…と思います。
父の歳まで生きられるでしょうか?
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